2021年12月20日月曜日

寺報12月(裏)―住職雑感―

県の人権集会で、北九州でホームレスの自立支援をされている奥田知志さんの講演がありました。

ハウスレスとホームレスという二つの困窮があり、前者は経済的困窮のことで、住まい、食べ物、収入がない…といった状況。
後者は社会的孤立のことで、家族、役割、心配してくれる人がない…といった状況。
そして、この両方が重なると、世間一般でいうところのホームレス、路上生活者になるのだそうです。

このお話を聴講して思ったのは、社会的孤立に限らず、家族を超えたこの世界とのつながり、単なる役割を超えた生きる意味、心配してくれる人を超えた真に私を支えてくれる存在、そういう「ホーム」がレス、欠けている。
それは「いのちのホームレス」なのではないか。

現代は衣食住に関して豊かな社会です。
しかし、確かなつながりがない、心の安らぎがない。
私の魂、いのちが落ち着くところ、帰るところ、そういう意味でのホームがない人は多いのではないだろうかということです。

宗教とその教えは、本来、そういう意味でのホームです。
願隨寺はみなさまのご先祖さまのいのちのホームであるだけでなく、今を生きるみなさまのホームでもありたいと思います。

2021年12月15日水曜日

正信偈のお話 十六⑮

善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪

光明名号顕因縁

[二河白道⑤]

しかし、旅人は後ろからの誘惑の声に決して振り返ることはありませんでした。

己の決意を胸に、ただ一心にひたすら白い道を進みます。

すると、意外なほど直ぐさま西岸にたどり着いて、いずれの難に遭うことはありませんでした。

そして、そこで自分を待ち受けていた素晴らしい友と巡り遇えうことができ、共に喜び合うことができました・・・。

以上が、善導(ぜんどう)大師の『観経疏(かんぎょうしょ)』に説かれている二河白道(にがびゃくどう)の譬喩(たとえばなし)です。

では、このお話しに出てくる登場人物や状況はいったい何を喩えているのでしょうか。 ~つづく

2021年12月9日木曜日

畠中咲菫・藤沼 哲・今尾栄仁 展

書家の畠中咲菫先生の作品展に行ってきました。

畠中先生は御所の浄宗寺住職の畠中くんのお母さまで、公私共にお世話になっている方です。

今回は単独の個展ではなく、彫刻家の藤沼哲さんと画家の今尾栄仁さんという方との合同の作品展でした。

これは畠中先生の「土」。

これは藤沼哲さんの作品。
有機的というか、気持ち悪いというか、なんというか(笑)。

そしてこれが今尾栄仁さん。

どれも個性的な作品でしょ♪

2021年12月1日水曜日

寺報12月(表)―坊守エッセイ―

竜田公園の紅葉の赤や黄色のグラデーションがとても美しく、川沿いの遊歩道では、紅葉に透けた光の中をもみじ狩りの人たちが思い思いに散策されていました。

そんな細やかな賑わいに、先が見えなかった新型コロナの感染拡大状況が少し落ち着き、世の中が動きだそうとしているのを感じます。

先日、ずっと活動を中止してた坊守会の学習会を久しぶりに開催しました。

今回は、講師の先生はお招きせず、講義の動画を聴講する形をとりました。
講題は「煩悩心垢の自覚 ― コロナ禍からの問い ー」。
講義後の座談会では、お互いの近況報告や非常事態宣言下の対応などを語り合いました。
各寺ごとの取り組みや工夫や、困った事、感じた事…。
話し出すとキリがなく、あっという間に閉会の時間になってしまいました。

こうして顔を合わせて会話することが、いかに大切で有難いことであったのかを実感させていただきました。
今の状況もいつまで続く事かわかりませんが、今日出逢えている事に手を合わせて一日一日を過ごしてゆきたいと思います。

【by坊守】

2021年11月20日土曜日

寺報11月(裏)―住職雑感―

コロナの影響でレジャーにも変化があり、最近はキャンプブーム。

日本の場合、キャンプはキャンプ場で行いますが、北欧の国々ではマナーを守れば私有地や国有地であっても森でキャンプができます。
なぜそんなことが可能かというと、自然享受権といって「自然はみんなのものだから、独占すべきでない」という考え方があるからです。

キャンプ以外にも、散歩やカヌーもOKですし、ちょっとぐらいなら木の実を採ってもいいそうです。
ステキですね。

日本でも・・・と思いますが、この考え方は北欧の人たちが長い歴史をかけて、当たり前のことと思えるまでに育ててきた共通認識とのこと。

日本人の当たり前は「人に迷惑をかけてはいけない」。
これは裏返すと、「人に迷惑をかけなければ何でもあり」であって、こうした意識では難しいというのが専門家の意見です。

ですが一方で日本には、全てはご縁による賜り物であり、自然は人間の所有物ではないという仏さまの教えに基づいた感覚もあります。
こちらがもっと当たり前になれば、自然をみんなが大切にできるようになるかもしれませんね。

2021年11月15日月曜日

正信偈のお話 十六⑭

善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪

光明名号顕因縁

[二河白道④]

すると同時に、対岸の西の方からも声がしました。

「旅人よ、迷うことはありません。
こちらへいらっしゃい。
私が守ってあげます。
河に落ちることを恐れず、真っ直ぐこの道を進みなさい」と。

身近に励ましの声と、彼方に呼び声を聞いた旅人は、もはや躊躇うことなく白い道を歩き始めました。

背後からは獣や盗賊たちが叫んでいます。

「おーい、危ないぞーっ、戻ってこーい。
そんな道を行けば河にはまっちまって死んじまうに決まってるぞーっ。
俺たちは何にもしねーから、行くのは止めとけってーっ」 ~つづく

2021年11月1日月曜日

寺報11月(表)―坊守エッセイ―

難波別院・通称南御堂の報恩講さんに行ってきました。

新型コロナウイルス感染症の感染防止の観点から、露天やお茶席等の催し物や名物の銀杏粥の振舞い等の行事は無し。
法要時間の短縮、本堂内の換気、参拝席の間隔を空けるなどの対策をしつつのお勤めでした。

けれど昨年と違うのは、二十七日の結願逮夜と二十八日の結願日中の両日、二年ぶりにご門首の御出仕があり、私は教区の坊守会役員としてご門主や随行者さんのお接待役をさせて頂きました。

大谷暢裕ご門主は南米開教区開教使であられたお父様のもとでブラジルでお育ちになられたので、日常会話はポルトガル語でお話しされると伺っていましたが、流暢な日本語でお出ししたお茶菓子の銘をお尋ねくださいました。
用意させて頂いていたお菓子は、紅葉した山を模した「唐錦」と、竜田川の紅葉をイメージした「竜田」。

私たちのご門主様は、もてなしのお菓子一つにも気を留めて下さる、細やかで優しい方でしたよ。

【by坊守】