2022年4月25日月曜日

正信偈のお話 十六⑱

善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪
光明名号顕因縁

[二河白道⑧]
つまりこのお話しで表されているのはこういう意味です。

私たちの生活は貪りや怒りや煩悩に振り回されて引きずられるばかり。
また、日々を共にする友はいたとしても、正しく進むべき道を教えてくださる師( 善知識
(ぜんちしき))に恵まれることは希まれです。

そのような中であっても大切なことに目覚めることはありますが、それも生活に埋没し現状からの脱却はままなりません。

しかし、あなたを励ます力も、あなたを導く力も常にはたらいてくださっています。
だから大丈夫、ひとたび志を興したならば、迷わず進んでくださいということです。

2022年4月22日金曜日

ポンペイ展

京都の京セラ美術館へポンペイ展を夫婦で観に行ってきました。

「紀元後79年、イタリアのナポリ近郊のヴェスヴィオ山で大規模な噴火が発生、ローマ帝国の都市であったポンペイが火山噴出物に飲み込まれました。火山灰で埋没した古代の居住地には、当時の人々の生活空間と家財がそのまま封印されています。この「タイムカプセル」の中身を解き明かすべく、ポンペイでは18世紀から現在に至るまで発掘が続いています。
本展覧会では、モザイク、壁画、彫像、工芸品の傑作から、豪華な食器、調理具などといった日用品にいたる様々な発掘品を展示。古代ローマの都市の繁栄と、市民の豊かな生活をよみがえらせます。」(ポンペイ展HPより

こんな素敵な展覧会があると聞いて去年から楽しみにしていたんです。

そして行ってみると、写真撮影がOK♪ テンション上がります♪

繁栄のさなかに突然火山灰に埋もれてしまったポンペイは、その悲劇的なイメージとは裏腹に色彩豊かで活気とユーモアに満ちた町だったようです。

日常生活がそのまま封じ込められたかのような出土品の数々は当時の人々の息遣いさえ感じられるようでした。

これなんてその日のパンの化石なんですよ。

日本がまだ弥生時代でやっと稲作が始まった頃に、こんなに繊細な装飾品やモザイクの壁画があったなんて驚きです!

街にはいろんな物を扱うお店や施設があり、人々はとても文化的な暮らしをしていました。
中でも印象に残ったのは喫茶店があったこと。
日本が貫頭衣を着て石鎌で稲刈りをしていた時代にポンペイの人は喫茶店でお茶を飲んでいたのですよ。

一夜にして灰に埋もれてしまったとういう街は当時の生活そのままの姿を今に伝えてくれます。
私の今の生活がそのまま保存されて未来に人に研究されたりしたら大変。
とりあえず自室を片付ける事にします。

【by坊守】

2022年4月10日日曜日

寺報4月(裏)―住職雑感―

ロシア正教会の最高位聖職者・キリル総主教がロシアによるウクライナ侵攻に祝福を与えたことで、キリスト教界は大混乱に陥っているようです。
当然ほとんどのキリスト教者のみなさんはそのことに憤っておられ、私も同じ宗教者として心中をお察しします。

時に宗教は戦争の要因になりますが、本質は別のところにあります。
犯罪や暴力、人間関係のトラブルといった人が争う一番の理由はお金に代表される欲望。
次が恨みや愛憎。
戦争も一番の理由はやはり利害関係、そして名誉や体面です。

私たちは人を傷つけることがいけないことだと知っていながらそれを行うとき、その正当性を何かにこじつけて主張します。
損得だとは言えないから権利や正義だとか、私の願望だとは言えないから世間や信心だとかを持ち出します。
ホント、そういうのって真面目に関わっている人たちにとってすごい迷惑です。
キリル総主教の愛国心に利用される神様もきっとお困りでしょう。

2022年4月7日木曜日

『器と書』

友人である陶芸家の畠中光炎くんと彼のお母さんで書家の畠中咲菫先生の二人展へ行ってきました。

今回のギャラリーは少々辺鄙な場所でして、歩くには遠いなぁ、やれやれ…と思いつつ、蹴上の駅を降りて東山の界隈を通り目的地に向かいました。


そのように意図せず歩いた哲学の道でしたが、ちょうど桜が散る頃と重なって花吹雪がとても美しく、むしろここを歩く機会を与えてくれたことに感謝。
ご縁の有り難さを感じると同時に、自分の思いの勝手さに呆れました(笑)。

作品は『嘆佛偈』の終わりの一節「我行精進 忍終不悔(我が行は精進にして、忍びてついに悔いじ)」です。

なお、これを書こうとして気づいたのですが、行きがけの哲学の道の写真ばかり撮っていて、肝心の個展の作品の写真をほとんど撮っていません。
なんだかなぁ(笑)。

『器と書』の親子展はオルス・京で4月7日(木)から12日(火)までの開催です。

2022年4月1日金曜日

寺報4月(表)―坊守エッセイ―

願隨寺の山門にいつも寝そべっているゴールデンレトリーバーのすずちゃんは八歳になります。
顔にも白い物が目立つようになり老犬の域に入ってきました。
でも相変わらず散歩は大好きで、私の顔を見上げながらぴょんぴょんと嬉しそうに歩きます。
いつものコースで田んぼを渡る風を全身に受け止めながら季節を感じて歩く楽しい一時。
「いこうよぉ」と訴えかける瞳に負けて「しょうがないなぁ」と出かけるそんな私に、実はすずちゃんから与えてもらっている幸せです。 

最近の新聞やテレビは心がしんどくなるニュースが多く大切な事とわかっていても目を、耳を塞ぎたくなってしまいます。

理不尽に国を追われ命を脅かされるウクライナの人々は、つい先日まで私たちと同じように普通に仕事をしたり、家事をしたり、散歩をしたりと日常を生きていた人たちです。
手入れの行き届いた美しい街並みや公園を踏みつぶしながら進む戦車の映像を見ると胸がギュッとなります。
その中に乗っている人にも家族や故郷があるのでしょうに。

戦争は誰も幸せにはなりません。一刻も早く終わりますようにと祈るばかりです。
【by坊守】