2022年2月10日木曜日

寺報2月(裏)―住職雑感―

「一人でも二人、二人でも一人のつもり」とは心理学者の河合隼雄さんの言葉です。
一人でも生き生きとしている人は心の中に何らかのパートナーをもっていて、人によってそれは様々ですが、人には自分が向き合う為の誰かの存在が必要なのには変わりません。
一方、二人で生きている人は、一人でも生きる覚悟が必要で、一人でも生きていける人が二人で生きて互いに助け合うところに人が生きる意味があるということのようです。

親鸞聖人は臨終の際、「一人いて喜ばば二人と思うべし。二人いて喜ばば三人と思うべし。その一人は親鸞なり」という言葉を遺されました。
南無阿弥陀仏を称えるとき、仏の教えを求めるとき、あなたは決して一人ではありません、私も共にありますよ、というお心です。

一人暮らしを始めた息子ですが、離れていても親の心、お寺にいなくても仏さまの心が共にあることを忘れず、一人で生活する苦労の中で他人の有り難さを学んでくれればと思います。

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