2020年7月22日水曜日

寺報7月(裏) ―住職雑感―

 「かたつむりどこで死んでも我が家かな」小林一茶の句です。

一茶は浄土真宗のご門徒でしたから、単に泰然自若とした死生観が詠まれているわけではありません。
何時何処でどのように命尽きようとも、カタツムリはそこがわが家であるから何の心配もしない。
同様に浄土真宗の教えに生きる人は、空しく生きさせまいとする如来の本願のウチにあるので、我が身我が人生を引き受けていける。そのような意味がこめられていると思います。

コロナに怯える日々ですが、コロナのせいで死んだら空しいのか?
そうではなく、コロナだろうがなんだろうが、空しくない人生を歩めば自ずとその終わりも引き受けていけるのではないでしょうか。

・・・なんてことを書いていますが、カタツムリが雨の日によく姿を見せるのは雨が好きだからではなく、カタツムリも肺呼吸なので溺れないように高いところに移動するからなんですよ。
カタツムリも溺死は嫌みたいですね。

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